ブラジル、について。  
授業から戻ってまいりました。

今やっている授業は、

- Aprendizagem, Desenvlovimento e Treinamento (トレーニング)
- Gestão Desempenho de Pessoas (評価とキャリアプランニング)

の2科目です。なんだか授業が進むにつれてどんどん楽しくなっていくのは、
ポル語がマシになったから、というよりは学んできたことが繋がってくるから、
という要素のほうが大きいはず。

特に今取り組んでいる授業は、今やっている、研修生へのフィードバックや
彼らの1年間の研修サポートにも活かせることがとっても多くて、
自分の仕事を見直すよい材料になっています。
人事の仕事は、本当に奥が深いです。

さて、本日のAprendizagemの方の授業で見た映画、
"Despachado para a Índia"(邦題わからず・・・)



は、自社のコールセンターをインドにアウトソーシングした
アメリカの企業の担当者の現地での適応を描く映画。
インドは行ったことがないので実際この映画のようなことになっているのかは
よくわからないのですが、あまりの文化ギャップの激しさに、
鑑賞中言葉を失う私と同級生たち。もしこのアメリカ人出張者が
自分だったら・・・と手に汗握る展開。これはキツい。


終わって教室の電気をつけたそこは、とてもホッとする"フツーの教室の景色"
で、先生がわざわざ「異国の文化に適応するということは〜」ということで、
私に意見をフッてくれたのですが、いえいえ、São Pauloで(しかもLiberdadeで)
のうのうと便利に生きている私など滅相もございません・・・という感じでした。

ブラジルに長い大先輩たちも常々言っているけれど、São Pauloは外国ではない、と。
それぐらい、便利で何の抵抗もなく住める、たいそう有難い街でございます。


少し話は変わって、最近「ブラジルはやっぱり効率が悪い」とか、
「やっぱり適当」「やっぱり時間にルーズ」「意外と時間を守る」とかナントカ言われると、
ちょっとイラッとするのです。自分たちの国で行われていることが
最も効率的で便利であると考えているような日本人に言われると、特に。。。
いろいろと、知れば知るほどその背景には色々な理由があって、
その背景が見えてくると、今まで見てきた景色が違って見えることもたくさんあって、
それが仕事に活きてきたりして、その結果次第でまた変わってくる。

そういうふうに少しずついろいろなことが分かるようになっていくと、
「ブラジル」というものがどんどん漠然としたものになっていって、
情報量は増えれば増えるほどよく分からなくなってくる。
これがまた面白いな、と最近思いながら、情報を仕入れては、ハテと
思う日々を繰り返しています。

交流協会では、例えばプレゼンなどで「ブラジルの〜」と言っちゃったりすると、
それが全国的な、ちゃんとした裏付けがある統計データでない限りは、確実に
「君の言っているブラジルってのは、サンパウロ州の、サンパウロ市の〜」
というツッコミにさらされるのですが、でもホントそのとおり。
São PauloからPará州に引越した大先輩が、現地のことを「外国だから〜」、
とおっしゃっていたのは最近とても印象に残ったできごとでありました。
なので、「ブラジルの〜」って言いながら漠然としたことを言っている情報というのは、
それがホントにブラジル全土の事を指しているのか、というところを疑った方が良いと思います。


ハイ、話が逸れましたが、何が言いたいかというと、
ブラジルは日本と比較してそんなに非効率でもないし、時間にルーズでもありません。
ただ、考え方と方法が違うからそう見えるだけ。そしてつきつめていくと、
実は日本もブラジルも無い、その人個人の比較論なんですよね。


異文化に適応するって、こういうことをどれだけ詳細に見て
受け入れていけるかだけなのではと思うのです。



・・・と、また話が逸れますが、先生はインドの文化のことをざっくり
"oriental"と言っていたけれども、その言葉のくくりの中に
日本も入っているなんてなぁ・・・と。



世界は広くて複雑だなぁというオチで申し訳ありません。



ハイ、Boa noite〜






【2012/05/11 11:17】 | サンパウロ・生活 | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
雑談「漢字で名前を書いて!」。
けっこうくだらない部類の雑談ですが、
ブラジルでなくともアルファベットを使用している外国であればきっとある、
現地の人に「自分の名前を日本語で書いて!」という依頼はよくあることでありまして、
ここブラジルでも、地味に、下手したら小金も稼げるぐらいかもしれないくらいの需要があり、
もはやもう慣れた感じで、依頼されたら楽しみながら考えて差し上げているのですが、
下手にヤンキーの走り書きチックなものを差し上げるとホントにタトゥーしちゃうので、
一応考えられる限りでカッコよく、日本人にも笑われない組み合わせにする必要があります。

もうわかっているのですが、皆、やはり漢字が目当て。
でも今回のはさすがに。。。



アナ クラーラさん。



大学院の同級生の友人の娘さん(生まれたばかり)。


まず日本語には三種類の文字があって・・・っていう説明は
最早相手も必要としていないので、ストレートにカタカナで。
「これしかない!どうしてもダメだったら連絡ちょうだい!」
ということにして送ったのですが、はて、反応やいかに。


最近の、通称DQNネームをつける日本のどこかの母親が
よい組み合わせを考えてくれていないだろうかと期待して
色々検索してはみたのですが、見るもの見るもの、
お星様が舞っている感じのものばかりなわけでして。

「たとえ会ったことのない友人の友人宛でも、私がこれに責任をもつわけには・・・」

と、要らないかもしれない心配をしながら、

「どうか単純だけど最も正しい、アナ クラーラ で納得してくれますように・・・」

と心の底から願ってやまないのであります。。。


もし、「いや、これじゃないよ」ってことになったら、
その時はもう、通称DQNネームの中でも特別にドギツいものを
持ってこようと思います。


地味ですが、結構責任ある大変な仕事であります。



【2012/05/08 10:14】 | ポルトガル語・大学院 | トラックバック(1) | コメント(2) | page top↑
São Paulo市内サイクリングの話。
このたびブラジルに来てからとてもお世話になっている日系人の友人が、
自転車をはじめたというので、誘ってもらって、このメーデーの休日に行ってきました。

私は小学生の頃から、親の影響もあって自転車がとても好きで、
今考えると危なっかしくてしょうがないのですが、
大阪の豊中の自宅から兵庫の宝塚まで(往復20kmほど)、
ひとりでちゃーっと行ったりしていました。
街の自転車の面白さは、道と景色を地道に開拓していくこと、でしょうか。
だんだん頭の中のリアルな地図が広がっていくところがたまりません。

São Pauloは混雑する時間帯以外は地下鉄に自転車を持ち込めることもあり、
この2年間ずっと自転車を買うかどうか迷ってきたものの、
とにかく坂が多いことと、自動車の数が多いことでの危険があって
(車道での自転車巻き込み死亡事故がとても多いです)、
結局、地下鉄、バス、歩き、タクシーでの移動を貫いてきたのでした。

というわけで、久々におもいっきり自転車に乗れる機会を得たわけです。
朝8時に、São Pauloの代々木公園ことIbirapuera公園に集合。
Parque das Bicicletasという自転車のための公園が側にあって、
そこがスタート地点。車道が1車線自転車専用、という贅沢なことになっていたので、
公園の周囲だけそうなっているのかなと、牧歌的なサイクリングを想像していたのですが、
「行くよ〜」と言われてただただついていった、サイクリング専用道路は、
市内の中心部を通って、果てしな〜〜く続きます。

情けないことにデジカメにメモリーを入れ忘れたのですが、
景色的にはこんな感じ。休日のサイクリスタで溢れる自転車道。

スクリーンショット(2012-05-01 22.40.39)

スクリーンショット(2012-05-01 22.39.34)

普段は車がビュンビュン通っている車道を贅沢に使って街のど真ん中を
シャーっと歩けるのがとっても爽快で、コースもサンパウロなのに
あまりアップダウンなく、間に公園が挟んであって、とてもよくできています。

結局、道なりに行くこと往復およそ30km!!!
普段運動不足ということもあって、最後の方は足がプルプルになりました。
ある意味最初に距離を教えてくれなかった友人に感謝・・・

今日通った道のりはこんな感じだそうで↓↓

スクリーンショット(2012-05-01 22.38.08)

つっかれましたが、普段見られない視点から街を見ることができて、
それはそれは爽快でした。このサイクリングロードは、毎週日曜日9時〜16時まで
やっているのだそうで。São Pauloはこういった感じで街全体を使って
大規模なアトラクションイベントを行うのが本当にうまくて、楽しいです。

サイクリングの途中からもうサーロインステーキが食べたくて
仕方がなかった私は、12時前に無事に自転車を降り、
プルプルの足を引きずって即Av.PaulistaのBarに直行し、
ぺろっと一皿を、生ビールと一緒にたいらげたのでした。
とっても素敵な休日の午前でした。

やっぱり自転車最高!ということで、その友人のサイクリングサークルに入れてもらい、
今後ブラジルに残るかどうか未定なのに自転車を買うことに。

5月末は、São Paulo州の港、Santosへ下る自転車道に挑戦です!!


次回はカメラのメモリーカードを忘れません・・・



【2012/05/02 11:28】 | サンパウロ・街 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
日本に行った話(長文)。
1ヶ月前、ビザの切り替えで東京に戻っていました。

10日ほどの滞在ではありましたが、不義理をしている家族や、
前の会社の上司、大学の同級生など、お世話になっている方々に会うことができて、
とても充実した毎日でした。特に、たった4年弱で辞めてしまった前の会社で
なんにもできなかった私にいまだに付き合ってくれる先輩方の存在は
ほんとうに有難くて、感謝してもしきれません。せめて、こいつ面白いなと
思ってもらえるように、ブラジルで成長しないとなぁ・・・と、改めて心を引き締めたのでした。

今回の滞在は、たった約半年ぶりだったのですが、一番変わった景色、といえば、
電車の中で多くの人が携帯の画面を指でスライドさせていたことでしょうか。
さすがの普及度の早さに、あらためてビックリ。
あとは、自分がだんだんSão Pauloに慣れてきたから感じる景色の変化、
というものがかなりあって、平日夜の新宿駅の前を通った時に、
あまりの人の多さに「今日はなにかのイベントがあるのだろうか・・・」と
ホントに一瞬考えてしまった、というようなことも新鮮でした。

そして、なんといってもあらゆるモノが安い。
そして、とにかくあらゆるお店とあらゆる商品の数と種類が多い!!!
São Pauloに慣れれば慣れるほど、あらためて日本の市場の大きさと
経済活動の凄さを実感します。ブラジルがこういうふうな世界を
目指すとすれば、多分まだまだ全然時間がかかるだろうなぁ・・・と。

そんなわけで、今回も買い物天国だったのですが、
さすがに最後の方はだんっだん人の多さとモノの多さに疲れてきて、
はやくSão Pauloに戻りたいと思ったのも事実。

後日、同年代でこっちに来て仕事をしている友人と議論をしたところ、
やはりこれは情報量の差だろうと。São Pauloはまだ自分で能動的に
必要な情報を掴んでいく世界だけれど、東京はもはや、有り余る情報の中から
自分にとって必要ないモノをスパッと切り分けていく世界、そして
それがストレスフルなのであるという彼の説明は妙に納得。

そして、震災からちょうど1年、という時期だったこともあって、
街がどのような雰囲気なのか、気にしながら戻ったのですが、
半年前と同様、あまりにも見た目的に変化がなく、まったく何事もなかったような
景色が広がっているのを見て、外にいながら得ていた情報から
想像するイメージとのギャップに、またも首をひねったのでした。

外にいながら、主にニュースからの情報を得てかなりマクロ的に見る日本
(というか主に関東地方)は、福島原発が現場の人々に支えられながらも
まだ極めて危険な状態が長く続く、ということで、まだ「戦時中」的な
イメージがあるのですが、実際に行くと、全然違う。
このギャップが結構大きくて、それが良いとか悪いとかではなくて、
その平和さがあまりにもギリギリのものに支えられているように見えて、
恐ろしさすら感じます。

私個人的としては、まだよく実態が分かっていない放射能の体への影響を
自分にとってはとっても脅威だと思っていて、今幸運にもそれを気にせずに
生活できる環境にいられることを、とても感謝しているのですが、
とはいえ、でも実際に東京にいるしかなかったら、自分も目に見えない脅威
(かどうかもよくわからないもの)のために、つくりあげられた環境を
捨てるようなことはできないかもしれないな、とも思うのです。

そんな思いによって、特に東京の、この何事もなかった感は支えられているのかな・・・と
思ったりしました。これは、もはや、もう想像力の世界なのだと実感。
しかも誰も経験したことのない規模においての。

そんなよそ者の私の考えを象徴するような景色は、山手線の駅構内で見た、
すべてが液晶でできた自動販売機の存在でした。
たった一年前、あれほど節電節電と言っていた、
福島からたかだか200kmほどしか離れていない世の中で、彼の存在は、
そもそも原発というものをもたらした社会の中央が、
本質的な社会のあり方の変革を拒否(もしくはそれはムリだと公言)している
ものの象徴のように見えて、なんとも言えない気持ちになりました。


IMG_6894.jpg

IMG_6893.jpg


あんなに便利で精密につくりあげられた世の中を、それと逆方向に回転させることは、
簡単ではないのだと思い知らされ、ああ、これはもう、
いよいよこの社会が機能しなくなるまでこのまま突き進むのだろう、と。
それが良いか悪いかは別として、ですが。

その中にまた自分が戻るかどうか(というか戻りたいかどうか)、というのは、
ある意味命さえあればどこでも1からやっていけると教えてくれたブラジルで、
これからのあと1年、本当に真剣に考えていかなければ、と強く思った今回の滞在でありました。





【2012/05/01 13:55】 | 出張 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
銀行にて。
『この投資にはリスクはほとんどありません。
 あるのはブラジルリスクだけです。』

とは、銀行のマネージャー。

はてさて。


利率が年10%を越えるものはインフレ率がそれを越えていたとしても、
どんなファンドであっても、未だに信用ならないと思ってしまう、
悲しき0金利の国民の性。

・・・と思ったら、フランス人のお客さんも私とまったく同じ反応を示していたようで。

そりゃそうですよね。



少し早いけれども大学へ行って参ります。

一週間は早い!





【2012/04/27 05:03】 | サンパウロ・生活 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム | 次ページ